この声、この音、この匂い!
街に溢れる法被姿やふんどし姿を見ると、
どうしたって足早に、
お神輿を見つければ走り出したくなるのは
血が騒いでる証。
怒鳴り声と掛け声と、
警察の笛の音とお囃子が一緒くたに
地響きとなって街中を包んでる。
「江戸の祭りは下谷から」と言われるように
ここから始まるお祭りシーズンの幕開けに、
町中が活気付いていた。
浅草通りの封鎖にテンションが上がり、
昭和通りの首都高下で、かけ声を轟かせて
近所のおじさん、おばさん達の
変わらない口の悪さ(達者さ)を聞けて
「みんな生きててくれてありがとう!」
って気持ちになった。
昔からいる人も、もう会えなくなった人も、
みんながその場にいるような景色だった。
お祭りは変わらずとも、
街並みと人は
ものすごいスピードで変化して、
入れ替わっていく様を見てきたから、
今見ているこの景色だって
ずっと続かないことも分かってる。
だからこそ、
おじいちゃん、おばあちゃんになった
近所のおじちゃん、おばちゃん、
そして父と母の今の姿を、
目に焼き付けるみたい過ごした。
下町のお祭りは、
どんなに荒っぽくても
私には、居心地がいい。
大人たちの顔には
子供のような笑みがこぼれ、
時に真剣で、
時に喧嘩して
終始酔っ払いながら
声を枯らして
それぞれの任務遂行をしてる。
生きる活力に溢れてるんだ。
そんな大人たちの姿に、私は
畏怖と安心感の両方を感じて育ったから
神様は、神社やお神輿の中よりも
人にこそ宿っているように感じるんだ。
神人一体(しんじんいったい)
※神と人が一体となること
そんな言葉が思い浮かぶけど
きっとそれは、特別な人に起こる
特別なことなんかじゃなくて
こうして、
年に一度のお祭りを大いに楽しみ
日々、一生懸命働く人々に
自然に起きていることなのだと思うんだ。